ピアノ・トリオ ザ・フレッシュメンの運営するスタジオ。スタジオでしか見られない企画もお届けします。

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フレッシュメン物語 第1回「青木少年の企み」

毎日暑くて蒸発しそうですね。
皆様いかがお過ごしでしょうか?
ピアノの青木です。

今日は、前回記事の予告通り、
メンバーの生い立ち(?)というか、音楽界へ進むことになった経緯をお話しようと思います。


今日は、言い出しっぺの青木の話。




私は千葉県のど田舎、茂原というところに生まれました。(かつてコリン星と呼ばれていた場所です。)
ファミレスに行っても、お子様ランチではなく、ざる蕎麦を注文するという粋な心を持った青木少年4歳は、独学でピアノを習得した叔父の影響でピアノをスタートしました。

小学校に入学する頃には神童と呼ばれ、それはそれは地域の人達から崇め奉られ‥‥‥
なんてことはあるはずもなく普通にザリガニやタニシを獲って遊んでいました。

運動神経の極めて悪い私は、何とかして運動のできるやつよりもモテたい一心で、休み時間になると教室にあったオルガンを弾きまくりました。
   
さて、この不純な動機が私を後20数年ピアノに向わせ続けるなど、当時は夢にも思っていなかったのであります。


ピアノを休み時間に弾きまくることで、結果的に、モテるというよりは、エンターテイナー的な立ち位置になり、正直モテることには見事に失敗しました。バレンタインのチョコの数も伸び悩み、自分がピアノを弾いていることを呪いました。
おばあちゃん、チョコありがとう。


しかしながら、
自分がピアノを弾くことで人を楽しませることは出来るのだと、子供ながらにヒシヒシと感じていたわけです。ピアノを人前で弾くことの喜びを感じていたのですね。


そのままピアノは続けていましたが、中学では吹奏楽に熱中し、高校も地元の進学校に進みました。この段階では将来的に頑張ってメロン農家に就くことを望んでいたのかもしれません。



しかし、やはり「不純な動機」は私がピアノから離れることを許してはくれませんでした。

どうにかしてピアノで活路を見いだせないものだろうか‥‥‥


「そうだ、音大へ行こう。」
 
 
 
と某鉄道会社のキャッチコピーのように決めたのが高校1年の終わりぐらいだったでしょうか。
もともとポップスもクラシックも好きだった私は、ポップスを切り捨て、そこからクラシック漬けのストイックな毎日を送る‥‥‥
はずもなく、終盤の頑張り(先生の)により音楽大学へ入学を果たしました。

そんな先生も入学後1年で定年退職してしまい、
大学2年時に松岡修造レベルの気迫に満ちた先生に師事することになりました。
   この先生と出会ったことにより、私の音楽は良い意味で変わっていきました。
 
その後、「熱心でハンパない指導」を受けながら大学、そして大学院を卒業し、最初に勤め始めた音楽教室で、フレッシュメンリーダーのVc.秋津くんに出会ったのであります。めでたしめでたし。


ふぅ。長くなってしまいました。



青木昔話を読んでくださりありがとうございました。まるでモテたいがためにピアノを続けているような流れになっていますが、「皆様の笑顔を見たいから」というフレッシュメンらしい理由の方が世間体が良いのでそういうことにしましょう。
そういうことにしておいてください。
 


ではでは
次回の秋津昔話をお楽しみに。

番組撮影

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